小沢一郎「問題」

民主党代表選挙に小沢一郎氏が立候補したことで、また「小沢叩き」が加熱しはじめたように思います。以前、「市民ネットワークちば・いなげ」で講演した内容について、もう一度ここでまとめておきたいと思います。小沢氏を批判するのは自由ですが、事実関係をきちんと把握したうえで批判してもらいたいと考えています。

結論からいえば、「小沢氏の批判は根拠がない」といえます。ここでは、いくつかの論点をあげ、それに対して解説した上で、本当の問題点はなにかを示します。

なにが問題になっているのか

メディアでの報道などを見ていると、主な問題としてあげられているのは以下の点です。

  1. 収支報告書の虚偽記載ないし不記載
  2. 土地の購入の違法性
  3. 定期預金を担保とした融資
  4. 借入金の原資と裏献金
  5. 説明責任

では、石川氏、大久保氏、池田氏の起訴事実はいったいなんでしょうか。石川氏と大久保氏の起訴事実は「2004年に陸山会が小沢氏から借りた4億円で3億5千万円の土地を購入したが、その収入と支出を2004年分の収支報告書に記載しなかった」ことで、池田氏と大久保氏は「2004年度に支出した土地代金を2005年度の収支報告書に記載し、2007年に小沢氏に返却した4億円を記載しなかった」ということです。つまり、メディアで取り上げられたうち、1の「虚偽記載」だけが起訴事実になっているのです。

収支報告書を見てみましょう


収支報告書によると、以下のようなお金の流れが確認できます(もちろん記載されている内容です)。

  • 2004年
    • 「小澤一郎」から4億円借り入れ
  • 2005年
    • 土地を3億4千万円で購入
    • 「小澤一郎」に2億円返済
  • 2006年
    • 「小澤一郎」に2億円返済

これだけを見ても、何が問題かわかりませんね。では、小沢氏の主張やメディアから読み取れる実際のお金の流れを、もう少し詳しく見てみましょう。

  • 2004年10月 石川氏が土地購入のため小沢氏より4億円を受領し、そのうち1千万円を手付金として支払った。
  • 2004年10月29日
    • 午前、土地を3億5千万円で購入
    • 午後、関連政治団体から1億8千万円を陸山会献金し、4億円の定期預金を組む
    • その後、この定期預金を担保に小沢氏が個人で4億円の融資を受け、陸山会に貸付
  • 2005年
    • 購入した土地を登記
    • 土地代金を政治資金報告書に記載
    • 小沢氏に2億円返済
  • 2006年 小沢氏に2億円返済
  • 2007年 定期預金を解約し、小沢氏に4億円返済

この流れのうち、斜体で下線の部分が政治資金報告書に記載されていないか、間違って記載されているとされた事項です。

政治資金規正法と簿記

ここで、この収支報告について議論する前に政治資金規正法について見てみます。

政治資金規正法とは、「政治活動における資金の収支を公開することで国民の監視下におこう」という法律です*1。つまり、「必要な情報は公開するから、国民が政治家をちゃんと監視してくださいね」という法律なんですね。これは重要なことで、政治資金の収支報告書は誰でも見ることができます。その上で、政治家の良し悪しを判断することが求められるわけです。

政治資金規正法では、報告すべき事項として収入と支出の他、不動産や100万円を超える動産、預貯金、信託、有価証券、出資、100万円を超える貸付などを記載するよう義務付けています。すべてのお金の流れを記載する義務があるわけではありません。このような記載方法を「部分的単式簿記」と呼びます。

政治資金規正法で記載する必要のない項目として、仮払金と仮受金があります。仮払金とは、「現金が減ることがわかっているが、その目的がはっきりしない」とき、つまり出張のときの立替などのときの勘定科目です。仮受金はその反対で「入金があったがその理由が不明な場合に、その入金理由が判明するまで一時的に使用する勘定科目」です。これらの科目は、政治資金の収支報告書には書くことはできません。

もう一度、収支報告書を見てみましょう

  • 2004年10月 石川氏が土地購入のため小沢氏より4億円を受領し、そのうち1千万円を手付金として支払った。
  • 2004年10月29日
    • 午前、土地を3億5千万円で購入
    • 午後、関連政治団体から1億8千万円を陸山会献金し、4億円の定期預金を組む
    • その後、この定期預金を担保に小沢氏が個人で4億円の融資を受け、陸山会に貸付
  • 2005年
    • 購入した土地を登記
    • 土地代金を政治資金報告書に記載
    • 小沢氏に2億円返済
  • 2006年 小沢氏に2億円返済
  • 2007年 定期預金を解約し、小沢氏に4億円返済

これまで指摘しませんでしたが、ちょっとおかしなことがあるのです。お気づきでしょうか?「陸山会が契約した定期預金」を担保に、なんと「小沢氏個人が融資を受けている」のです。これはどういうことでしょうか?

実は、政治家の資金管理団体は「権利能力なき社団(人格なき社団)」つまり「任意団体」という扱いになります。法人格のない団体ということです。イベントを開催するにあたって「実行委員会」を立ち上げて、資金管理のために口座を作ったことがあるような方であればわかると思いますが、任意団体の口座は、個人の名義として開設しなければなりません。陸山会の口座も、実際は「法人としての陸山会」ではなく「陸山会代表小沢一郎」の口座だったのです。

もしかしたら、私が「小沢」と「小澤」を使い分けていたことを不思議に思っていた方もいらっしゃるかと思います。陸山会では、「陸山会代表小沢一郎」と個人としての「小澤一郎」を区別するために、漢字を変えて使っていたのです。

そうすると、お金の流れもわかってきます。つまり、小澤一郎が「陸山会代表小沢一郎」に貸し付けた4億円を「陸山会代表小沢一郎」名義で定期預金にし、それを担保に小澤一郎が4億円の融資を受け、その4億円で「陸山会代表小沢一郎」が土地を購入したわけです。

ここまでくると、ミスがどこにあるかは明らかです。つまり、定期預金を小澤一郎個人の資産として扱う必要があったのに(収支報告書に記載しなくてよかったのに)、「陸山会代表小沢一郎」の資産として扱ってしまった(収支報告書に記載してしまった)ということです。だから、4億円のやりとりは、定期預金も含めて、「もとから記載する必要がなかった」のです。

土地購入の時期

起訴事実の中で残った問題がひとつあります。「2004年に購入した土地を2005年の収支報告書に記載した」という点です。

これも陸山会が任意団体であるところに原因があります。すでに述べたように、任意団体は団体としての銀行口座をもつことができません。それだけでなく、土地登記の権利もないのです。では実際にはどのような手続きを行っていたのでしょうか。

まず、石川氏は2004年10月に、当時農地であった土地を「小澤一郎」個人の名義で支払います。この段階で土地は登記されてませんので、任意団体である陸山会は、団体名義で土地を取得することができません。その後、農地転用の手続きや更地にするための工事で2か月ほどの時間がかかり(とくに農地転用許可申請手続きのための書類は膨大であり、作業に手間と時間がかかります)2010-09-15追記、結局2005年1月に「小澤一郎」個人が土地の登記を行ないます。しかし、任意団体である陸山会に土地の譲渡は行えませんから、「この土地を陸山会のものとみなします」という内容の「確認書」を「陸山会代表小沢一郎」と「個人である小澤一郎」の間で取り交わし、代金を支払うことで取引が完了します。

以上のことから、2005年の収支報告書に土地代金を記載すべきであって、2004年に記載することの方が違法である可能性があると言えるわけです。

以上が、今回起訴されている内容です。次にそれ以外の疑惑を見ていきましょう。

起訴事実以外の疑惑

まず、「資金管理団体による土地の購入自体が違法ではないか」という指摘があります。政治資金規正法によると確かに不動産の取得等を行ってはならない旨が明記してあります*2。しかしこの条項は2008年施行されたものであり、それ以前に取得した不動産の所有について禁止したものではありません*3。すなわち、陸山会が土地を所有していたこと自体は違法ではないということです。

次に、「定期預金を担保として融資を受けることが資金の出所を隠す行為ではないか」という指摘です。これは、手元に4億円あるからと言って3億5千万円の支出を通常しないという、企業では通常の感覚です。回転資金が不足することで資金繰りができなくなる可能性があるからです。多少の利子を払ってでも、手元にお金を残すことに意味があるのです。このブログエントリーでも、「定期預金を担保に」という言葉を使っていましたが、実際は担保ではない可能性の方が高いかもしれません。いわゆる「担保のようなもの」です。こうしておくことで、急な出費にも対応でき、資金繰りで破綻することもありません。一般的な感覚でいえば、「定期預金を解約しないで住宅ローンを組む」ようなものだと思って間違いではないでしょう。

そして一番重要な、「小沢氏からの借入金の原資に水谷建設からの裏献金が含まれているのではないか」という指摘です。検察の目標は実はここでした。水谷建設から小沢氏へ1億円の供与があったことを見込んで捜査していたのです。この根拠となったのは、水谷建設の元会長である水谷功氏の証言でした。さて、この水谷氏は「虚偽の証言」の前科があります。自身が脱税容疑で起訴されいたとき、佐藤栄佐久福島県知事への贈賄を供述し、佐藤氏は逮捕・起訴されました。佐藤氏の弁護士によると、水谷氏は「(自身の)実刑を回避するために、検察の言われるままに証言した」としています。話を戻すと、水谷氏が小沢氏に1億円の賄賂を送ったとされる件について、水谷建設の社長を含めた他の関係者はすべて否定しています。つまり、「嘘の証言をしたことのある水谷氏」だけが贈賄の証言をしているのです。そして、検察は1年以上かけて捜査した結果、贈収賄に関する証拠をなにも得ることができませんでした。だから仕方なく「虚偽記載」で秘書を起訴したのです。原資について小沢氏は、自宅売却と家族名義の口座からであって裏金は一切ないと説明しています。

最後に「小沢氏が説明責任を果たしていない」という指摘です。ここまで読んでくださった方はわかると思いますが、小沢氏の「疑惑」というのは基本的に説明がつけられるものであって、これ以上の説明はできません。小沢氏は自民党時代から記者会見のオープン化を実践しており、記者クラブに所属しないフリーや外国メディアからの質問も受けています。これで「説明責任を果たしていない」なら、どうしたら責任を果たすことになるのか、ぜひ伺いたいものです。

問題はどこにあるのか

ここまで、「小沢一郎『問題』」の実態について説明しました。最後に「本当の問題」についていくつか触れておきたいと思います。

まず、重要なことは、検察によるリークの存在です。今回、小沢氏に関するマスコミの情報の多くが検察からのリークによるものだと言われています。検察の捜査が有利になるような情報をマスコミにリークし、マスコミがそのまま発表することで、ありもしない事件が作られていくのです。

次に、検察の取調べが密室で行われていることも問題です。厚労省キャリア官僚だった村木氏は、見込み逮捕により5か月に渡って拘置されました。前述の佐藤前福島県知事も厳しい取調べを受けたことを自書で述べています。冤罪事件などを見ても、裁判では自白調書を圧倒的に重視する傾向がありますが、その調書の取り方に問題点がある場合も見られ、自白調書が証拠として認められないという例も出てきました。このような状況は、検察に取っても良いとはいえないと思います。取調べの可視化を行うことが必要です。

最後に、政治資金の管理方法と、資金管理団体のあり方を見直す必要があります。まず、政治資金が部分的単式簿記になっているために、その記載方法に対して事後的に疑義がでてくるような制度は欠陥です。複式簿記を導入する必要があります。そして、資金管理団体が任意団体となっているため、資産は代表者のものとして扱われることになります。そのため、団体と政治家の区別が曖昧になってしまい、例えば資金管理団体が解散した際の資産が問題になってくることもあるのです。資金管理団体を法人として認めることで、このような状態を改善していく必要があります。

最後に

この問題の根源はマスメディアにあると、私は思っています。しかし、それは私たち消費者の責任でもあると思います。とくにブログなどでマスメディアの情報を再拡散する方は、ぜひ自身の発言に責任を持って、事実関係をできるだけ調べていただきたい。このような私たちの姿勢が、この国の形を作っているのです。政治に責任を求めると同時に、私たち自身も責任をもっていきたいと考えています。

*1:政治資金規正法1条 この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。

*2:政治資金規正法19条の2の2 資金管理団体は、土地若しくは建物の所有権又は建物の所有を目的とする地上権若しくは土地の賃借権を取得し、又は保有してはならない。

*3:政治資金規正法附則(平成19年7月6日法律第107号)2条 この法律による改正後の政治資金規正法(以下「新法」という。)第十九条の二の二の規定は、次に掲げる土地若しくは建物の所有権又は借地権(建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいう。以下同じ。)については適用しない。