放射線の人体への影響と原子力

4月14日の講演会、4月17日のサイエンスカフェの内容を文章化しました。長いですが、興味のある箇所だけでも読んでもらえるとうれしいです。現在、スライドの改訂版も作成中です。私は、原子力の専門家ではありませんが、大学/大学院と物理を専攻していたので、一般より多少は知識があると思います。もし、間違っている箇所があれば指摘いただけると幸いです。

まず単位と言葉の整理

放射線とは、電磁波や粒子線などを言います。電子の流れであればβ線中性子の流れであれば中性子線、波長の短い電磁波であればX線γ線と呼ばれます。他にもα線や、陽子線などがあります。そして、この放射線を出す物質を放射性物質と言います。放射能とは、放射線を出す能力のことを言いますが、放射性物質のことを放射能と呼ぶ場合もあります。

次に単位を整理します。まず、放射性物質がどれだけ放射線を出しているのかを表すのがベクレル(Bq)です。そして放射線がどれだけ吸収されたかを表すのがグレイ(Gy)です。一番重要なのは、どれだけ被曝したかを表すシーベルト(Sv)です。つまり、シーベルトさえ分かれば、身体に対する影響がわかるということです。同じベクレルでも、放射線の種類や放射性物質の種類で、また食べたのか吸ったのかで、シーベルトの値は変わってきます。例えば300Bq/kgの水を1日1リットル飲んだ場合、1年間の被曝量は約2.4mSvになります。この量が人体に与える影響については、あとで説明します。

原子力発電所のしくみ

天然のウランにはウラン235とウラン238があります。ウラン235がおよそ0.7%、ウラン238がおよそ99.3%です。このうちウラン235は、中性子がぶつかると核分裂し、別の物質にかわる性質があります。そのとき中性子が2〜3個放出され、同時に熱が発生します。ウラン235だけがたくさんあると、核分裂によって発生した中性子が別のウラン235にぶつかり、さらに中性子2〜3個と熱が出るという連鎖反応が起こります。この反応が継続することを臨界状態といい、爆発的に起こると核爆発です。一方、ウラン238には中性子を吸収する効果があります。天然ウランでは、ウラン235が核分裂中性子が発生しても、そのほとんどがウラン238に吸収され、核分裂が継続することはありません。

原子力発電所では、核分裂による熱を使って水を沸騰させ、タービンをまわして発電を行います。発電に使う燃料は、ウラン235を3〜4%程度に濃縮したものです。実はこの濃度でも、通常では臨界になりません(核分裂は継続的に起こりません)。これを臨界状態にするためには、発生する中性子をなるべくウラン235にあてるようにする必要があります。ウラン235は遅い中性子、ウラン238は速い中性子にあたりやすいという性質があります。つまり、中性子の速度を下げると、ウラン235に中性子があたりやすくなり、臨界状態にすることができるのです。中性子の速度を下げる物質を減速材といいます。福島第一原発では、水を減速材として使用する軽水炉と呼ばれる原子炉が使用されています。ということは、水がなくなると臨界状態は継続できないということです。また、原子炉に事故があった場合などには、制御棒が差し込まれます。制御棒は中性子を吸収する効果があり、核分裂をより少なくすることができます。

燃料棒は、ウランを陶磁器のようなもので固め(ペレットといいます)、ペレットを縦に積んでジルカロイで覆ったものです。この燃料棒は、臨界状態になくても崩壊熱を出すことで熱くなる性質があります。あまりに熱くなると、約1800℃で燃料被覆管が、約2200℃で制御棒が、約2700℃で燃料ペレットが溶けていきます。このように温度があがることを防ぐため、原子炉では常に水を回す必要があります。この水を回すために、非常時には外部電源を使用し、外部電源が停止した場合には予備のディーゼル電源が2台バックアップすることで対応することとなっています。

今回の福島第一原発事故

では、今回の福島第一原発ではぜ爆発が起こったのでしょうか?実際のところは、まだ調査が必要な段階であり、憶測が含まれていることには注意をお願いします。

まず、地震により原子炉は通常通り停止しました。その際、制御棒も正常に差し込まれています。そして外部電源が停止、ディーゼル電源に切り替わり、冷却装置は動作を継続しました。およそ1時間後、津波が押し寄せます。このとき、ディーゼル電源が停止し、原子力発電所であってはならないステーションブラックアウト(全停電)が起こってしまいました。このため1〜3号機の原子炉では、燃料棒の崩壊熱により温度が上昇、冷却用の水が蒸発していったと考えられます。そのまま水は蒸発を続け、燃料棒が露出します。燃料棒は水に浸かっている間は、最大で100℃程度にしかなりませんが、露出してしまうともっと温度が上がってしまいます。燃料被覆管のジルカロイは(ジルカロイに限らず金属一般の性質ですが)、高温では酸素と結びつきやすい性質があります。そのため、水蒸気(H2O)の酸素(O)と結びつき、水素(H2)だけが溜まっていきました。その水素がなんらかの形で建屋の上部に集まり、酸素と反応して起こったのが水素爆発です。一方、4号機では、原子炉の外にあった使用済み核燃料のプールが、崩壊熱による水の蒸発によって温度があがり、水素が発生したと考えられます。

今までに空間放射性物質の量が増加したのは、原子炉の弁の解放や水素爆発の直後です。つまり、弁の解放や水素爆発によって放射性物質が撒き散らされたと考えることができます。そのため、今後もなんらかの爆発などが起こらなければ、放射線量は安定していくことが予想されます。

チェルノブイリとの違い

12日には、事故レベルがチェルノブイリと同じレベル7との暫定判断がなされました。念のためチェルノブイリとの違いをいくつか指摘しておきます。

まず、原子炉の型の違いです。福島第一原発では、水を減速材に使う軽水炉を使用しています。それに対してチェルノブイリで使われていたのは、黒鉛を減速材に使う黒鉛炉です。この違いは大きく、水は温度が上がっても燃えませんが、黒鉛はよく燃えます。チェルノブイリでは、燃料棒の加熱により黒鉛の火災が起こったと考えられています。

次に、初動状態の違いです。福島第一原発では、地震後に制御棒が挿入され、安全停止した後にステーションブラックアウトという事故が起こりました。一方、チェルノブイリでは、原子炉の実験中に制御棒をほとんど抜いた状態で事故が起こっています。

そして、格納容器の有無の違いです。福島第一原発では、原子炉(圧力容器)は格納容器と呼ばれる容器に収められ、それが建屋に入っています。今回の事故では、圧力容器や格納容器の一部が破損している可能性は指摘されていますが、燃料棒が外部にさらされている状態ではありません。しかし、チェルノブイリでは格納容器はなく、原子炉内で水素爆発(または水蒸気爆発)が起こり、建屋も原子炉も大きく破損、溶融した燃料が大気にさらされました。同時に、原子炉内の大量の放射性物質が飛散したと考えられています。

最後に、事後の対応も大きく違います。それは情報の出し方です。チェルノブイリでは、事故発生後も事故の事実を隠蔽していました。事故から3日後に、スウェーデンで通常よりはるかに多い放射性物質が観測され、旧ソ連に説明を求めてから初めて、事故の事実を公表しました。大統領が公式に発表したのは事故から1週間も立ってからです。その後もソ連政府は国内外に隠蔽を続けたため、周辺諸外国は独自の対応を迫られました。それに対して、今回は日本政府は東電に情報開示を強く要求していることもあり、極めて速い情報開示ができているように、私は思います。一方で塩素38の検出などで正確性を欠くこともあります。同時に、東電や政府のほか、自治体や国内外の市民団体、ジャーナリストなど多様な主体が原発近隣も含めて、放射線量の測定結果を公表しています。そして、政府や東電関係でない専門家が、その測定結果を分析しています。

実は、大まかには、事故のレベルは大気中に放出された放射性物質の量で決められているので、それ以外の点はとくに問題になっていないのです。レベル7になったからといって、状況が悪くなったわけでも、チェルノブイリと同じ状態になったわけでもないという点に注意が必要です。

放射線による人体への影響

放射線の種類によって、人体が受ける影響は違います。既に書いたように、α線は紙1枚で防げる放射線です。そのため、α線は角質層が保護するため、細胞層には達しません。次にβ線は表皮や真皮に到達します。そのためβ線熱傷と呼ばれるやけどが症状として現れます。最後にγ線X線は皮膚、筋肉、血管などに影響を起こします。

放射線が人体に与える影響には、確定的影響と確率的影響の2種類があります。また、確定的影響には、すぐに症状が現れる急性障害と、あとから症状が現れる晩発性障害があることがわかっており、確率的影響は晩発的に起こります。いずれの影響も、放射線がDNAをを破壊することで起こります。ちなみに、この影響が人体の外部からの放射線で起こる場合が外部被曝、体内からの放射線で起こる場合が内部被曝と呼ばれます。

まず、確定的影響が起こるメカニズムは、放射線の影響で細胞が死滅する速度が、再生の速度に追いつかないということです。そのため、ある一定の放射線量を下回ると、影響はあらわれなくなります。この線量をしきい線量といいます。しきい線量は放射線のあたった部位や障害の種類によって変わります。例えば全身被曝で造血機能に障害が起こるしきい線量は500mSvです。現在分かっている一番低いしきい線量は、精巣に放射線が当たって一時的な不妊になるしきい線量で150mSvと言われています。これ以下の線量では、急性障害の発生は見られません。また、急性障害は一気に被曝すると起こる障害で、長い時間をかけて同じ線量の放射線を浴びても発症しないことがわかっています。

次に、確率的影響は、傷ついた細胞が誤って修復された場合に起こります。つまり、傷つく細胞が多くなればなるほど影響がでると考えられます。この影響は、ある程度の線量以上では比例関係になることがわかっていますが、100mSv以下の量については関係性がわかっていません。これは、喫煙や飲酒、食生活、日頃の運動量、加齢など、他の要素の影響が大きくなり、放射線の影響が見えなくなるということです。一部には、低線量被曝が発がん性を弱めるというホルミシス効果も指摘されていますが、実際の効果はわかっていないようです。

現在の放射線

4月25日現在、千葉県市原市放射線量は0.05μSv/h(=0.00005mSv/h)程度で推移しています。一番高かった3月15日で0.3μSv/hでした。現在はほぼ通常通りの値に戻っているといえます。ちなみに岐阜県では通常0.06〜0.07μSv/hであり、すでに東京近県では岐阜県の線量を下回っています。

原子力発電の現状と今後のエネルギー政策

日本の発電は、3〜4割を原子力に頼っていると言われます。実はこれには背景があります。原子力発電所は停止や稼動に伴う困難のため、一度稼動させるとなるべく止めないようにされています。それに比べて他の発電は停止・稼動が容易なため、ピーク以外は停止している発電所が多いのです。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2009年の日本の石油火力発電所は30%の稼働率だったことが指摘されています。

さらに重要なことは、IEAによると、日本のエネルギー研究開発予算の大半が原子力関係に使われています。原子力に24億ドルに対し、再生可能エネルギーには1.3億ドルです。これらの予算を組み替えれば、再生可能エネルギーも実用に値するものになっていくと思います。

また、原子力発電所の安全性や電力会社の体質についても、今回のことだけでなく問題があります。原子力発電所では、これまで幾度となく事故を起こし、それを隠蔽していたという事実があるからです。時系列を追って主要な事故だけをあげるとすれば、1973年関西電力美浜原発で燃料棒破損、1978年東京電力福島第一原発で臨界事故、1989年東京電力福島第二原発で再循環ポンプ破損、1991年関西電力美浜原発で伝熱管が破断、1995年動燃もんじゅでナトリウム漏れにより火災(2010年4月まで運転停止)、1997年動燃再処理工場で火災爆発事故、1999年北陸電力志賀原発で臨界事故、同年JCOで臨界事故(作業員2名死亡)、2004年関西電力美浜原発で配管破損、2007年東京電力柏崎刈羽原発地震により冠水・冷却水が流出、2010年動燃もんじゅで炉内中継装置落下事故(担当課長が自殺)。これらの事故のうちいくつかは、東京電力が隠蔽し、内部告発などで発覚しています。

そして、今回一番重要だと思うのが、需要側と供給側のアンバランスです。ざっと調べたところ、東京都の電力使用量は、千葉県の2倍以上です。福島県は東電管内ではないので、当然ながら需要0です。一方で供給量は、東京都が220万kWに対し、千葉県は1700万kW、福島県は940万kW(東電のみ)です。需給バランスでいえば、福島県、千葉県、東京都の順に供給しています。では、今回の電力不足でどういう対応になったのか。東京都内、とくに23区内はほとんど停電もなく、山手線なども通常通りの運行で、多少暗くなっている以外はほとんど影響を受けていません。千葉県は、1日数時間の停電のほか、郊外では昼間の電車が運休となるなどの影響が出ています。小さなところでいえば、総武線各駅停車は秋葉原より千葉方面は電車内が消灯されます。そして、福島県では、原発周辺地域では自宅に帰ることすらできません。これは原発に限った問題ではありませんが、危険なものを地方に押し付け、都会が利益の享受をするという実態が、電力についても明らかになったと言えます。

最後に、電力の自由化も考慮すべきことだと思います。ヨーロッパやアメリカでは、電力は自由化されており、つまり消費者が電力会社を選択する自由があるのです。例えば、ドイツでは、福島原発での事故以降、再生可能エネルギーの電力会社の需要が急速に高まっています。このように、原子力に頼りたくない人は原子力に頼らない電力を選択することができることが重要です。ただし、アメリカでは、自由化によって大停電が発生したこともあり、単に自由主義的な自由化ではなく、規制の強化と自由化とを同時に進めていく必要があり、これについても今後議論が必要だと考えています。